ものだねっと

■衝撃により作業>>>>ゲームと化した。 ■FGO:ネロちゃまは万病に効くどころの話じゃなかった。

死の輪舞曲は駆り立てて 2


 進化してから数日が経つ。
 本能のままに放浪して、たどり着いたのがこの広葉樹のデータが集まった四季がチグハグの森だ。緑と紅が目に楽しいのだが、今はそれどころではない。
 小さな気配を察して茂みから丸呑みにしようと飛び出したまではよかった。問題があるとすればこの餌が幼年期であること。
 本能に蝕まれかけた理性――罪悪感が、この目の前にあるデジモンを食べるのを辛うじて抑えている。
 おそらくは始まりの街から出てそのまま迷子になってしまったトコモン。
 幼年期だろうが何だろうが、腐っても餌だと本能が囁く。
 しかし、幼年期を食べるのも忍びないと思う罪悪感があるのも事実だ。
 鋼鉄の口をトコモンの目の前に開けていた体勢で迷っていたら、威嚇なのか遊びと勘違いしたのか、僕と同じように大きく口を開け、二重構えの歯を見せつけてくる。
 ぎこちなく顎を軋ませながら引けば、トコモンも真似して口を閉じる。
 この眼前には絶対に伝わることがない、究極の選択を僕は迫られていた。
 本能に従って、トコモンを餌として食らうか。理性で抑えつけて、弱肉強食の世界に放っておくか。いつ本能に呑まれて襲いかかるかもわからないから、連れ回す選択肢はそもそも選びようがない。
 僕はぐっと本能を抑えつけ、トコモンに背を向ける。
 生きろ、と心の中で呟き、本能の誘惑に負けないうちにその場から離れたのだが。

「なんでついてくるんだ」

 別の獲物を求め、気配を追っている中、苛立ち混じりに呟いた。気が散る。
 トコモンは、そんなことを知る由もないのだろう、ただひたすらに小さな足を動かして僕の後ろをついて来る。
 僕が少しスピードを速めて逃げれば、トコモンもまた勢いをつけて飛び跳ねながら追う。
 傍目から見れば役目が逆の鬼ごっこだ。
 眉間にシワを寄せる。鉄仮面に隠れて、可愛らしい追っ手からは見えるはずもないが、刻一刻とシワが深くなっていく様を是非とも理解してほしい。
 しばらく逃げていれば疲れてついて来なくなるだろうか。
 試す価値はあると踏んで決行する。
 しかし、獲物から遠ざかり、いくら時間を費やせど、こいつはついて来た。
 ……どこぞの貧乏神か何かかこいつは。

「そんなことしてると食べちまうぞ!」

 趣向を変えて急に立ち止まって、寸止め――やや本気で脅してみたのだが、トコモンは、がー、と鳴いて奥歯まで剥き出しにして、堂々巡り。
 溜め息をつけば、しつこいと思うならいっそのこと食べてしまえと本能が告げる。せめぎ合う二つの意志。負ければトコモンの命はない。
 抱えた頭を時折振るのをトコモンはどんな目で見るのだろう、とほんの少しだけ考えて、すぐに消し去る。
 なんとか本能を押しのけた時、横から攻撃が飛び込んできた。
 脇にまともに食らい、勢いよく数度横に転がって腹這いの体で止まる。
 敵を視認する。成熟期の獣人だ。
 デクスの名を冠したことで、迷惑にも正義感溢れる輩にも逐われることになったのかと辟易するが、命を賭けた戦いにそんな考えは必要ない。
 理性はトコモンからこの敵に目標をシフトさせ、本能の手綱をとった。
 電脳核の質は世代が上の方がいいに決まっている、と本能に向かって告げる。
 体を立て直し、どうしようもなく垂れ出す涎を撒き散らして、この敵に突進する。
 電脳核を狙った歯は、太刀を噛まされ、振り払われる。体勢を整える間もなく木の幹に背中を打ちつけられた。
 後ろで木が大きくしなった。
 幹に沿ってずり落ち、尻をつく。背中の痛みで理性を手放しそうになる。
 太刀を構えたまま、獣人は大股で偉そうに歩いてきた。

「貴様は幼年期にまで手を上げるというのか」

 なるほど、正義感溢れる輩の言いそうなことだ。
 僕の葛藤も知らない癖に。
 そう言い放ってやりたいが、理性は本能の手綱をとるのが関の山だ。
 盛大に不満を込めて睨みつけ、口からは本能の唸り声が漏れた。
 苛立たしげにそれらを受け取った獣人の振るわれた太刀が、僕の電脳核を仕留めようと真っ直ぐに向かってくる。

「ケダモノめ!」

 吐き出された言葉と共に迫る刃。
 死を目前にして、暴れ狂う本能は獣人の言った通り、ケダモノだろう。
 とっさの防衛反応に身をゆだねて、急速に巨大化する鉄球を次々と打ち出し、太刀の向きを強引に変える。
 太刀は幹を掠めた。
 その隙に頭突きをかまして、先ほど勝利を確信したはずの獣人を打ち倒す。
 大の字に転がった輩に近づく度に金属の足は軋む音を立てる。
 踏みつけて爪を立てると、輩は眉を寄せて歯噛みした。
 痛みからなのか、仕留め損ねた悔しさからなのかはわからない。でも、こっちだって死にたくない。
 太刀を握っていないもう一方の腕から、先制攻撃の時と同じ一撃が放たれようとしているのに気づき、跳び退った。
 跳んだところで翼を広げて羽ばたき、滞空の姿勢で獅子の頭の形をしたそれを難なくかわす。
 後ろで木にでも当たったのだろう、葉擦れの音と地面に幹が倒れ込んだ音が張り詰めた空気に鳴った。
 獣人は素早く後ろに跳んで、体勢を立て直した。
 距離を挟んで睨み合う。
 ダメージは僕の方が多いだろうが、僕は電脳核を仕留めれば勝ちで、相手は僕に何度もトドメをささなければならない。
 獣人が拳に力を込め始めたのを見て、こちらも鉄球を巨大化させる。
 放たれた獅子の闘気と鉄球とがぶつかると、爆発で土煙がたつ。 しかし、血と電脳核の匂いに敏感な僕には関係ない。
 不意をつこうと太刀を構えて突進しようが、姿はまざまざと目に浮かぶ。
 本能が僕を駆り立てて、太刀で凪払わせる間もなく、腕を電脳核に突き立てた。

「なっ――」

 獣人から驚愕の声が漏れ、次いで血を吐いた。
 この手を抜けば、あっさりとこの獣人は消えるだろう。
 電脳核というご馳走を前にしては、理性さえも口を開けずにはいられない。
 トコモン、と獣人が消え際に呟いたのを聞いて振り返ったが、もういなかった。
 トコモンという言葉に本能がまたざわめきだす。
 このままでは埒があかない。少しの焦りを抱えた理性が妥協案を本能に提示して、宥めすかし、なんとか納得させる。
 ひとまず、トコモンはこれで大丈夫。理性の安堵を知ってか知らずか、いつの間にかそばに来ていたトコモンは、がー、と可愛らしくまた鳴いた。
 厭わしかったものも、今は素直に受け取れる。
 いつか、お前を食べてしまうんだろうか。少なくとも今は。今だけは。
 ――じっとしていられないのか、トコモンが身じろぎするのを僕は眺めながら決意した。